リフレッシュ

何のために生きるのか分からない人が出すべき答え

自分が生まれた意味とか、何のために生まれたのかと考えてしまう状態は、鬱の症状であることも多いそうです。

試験に落ちたとか、就職で失敗したとか、ネガティブな経験によっても誘発されやすい感情なのではないかと思います。

コロナ渦で不安を抱える人が増え、少なからず私達の心に影響が出ている現状があります。

芸能人でも自殺をする方が出るなど、社会的にも今までと違うニュースを目にしますよね。

そんな不安や、生きる目的に迷う気持ちをリフレッシュさせるためには、何らかの答えを得る事も大切だと思います。

この記事に、そのヒントがあれば幸いです。

 

賢い頭と稼ぐ頭

世の中では、「優秀な頭脳を生まれ持った人と、そうでない人」という分類をする人がいます。

このような人達は、「私はYES、貴方はNO」といった思考で個人を分類するので、勝ち組とか負け組といった意識を持っています。

 

メディアでは、差別的な表現や分類を嫌う傾向が見受けられますが、実際にはこのような思考で生きている人がたくさんいるわけです。

だからこそ、「差別は良くない」という声があがるのでしょう。

 

現実に目を向けてみると、頭脳の差による結果は、分かり易くそこにあります。

実際の世の中では、一目瞭然の事実(答え)がそこにあるのです。

 

例えば、東大に入れる頭がありながら、ビジネスでは全く成功できないという人がいたりします。

司法書士等、合格率が数パーセントの難関試験に合格できる頭があるのに、今でもアルバイトをして生活している人がいたりするのです。

 

一方で、ビジネスでは大成功しているけれど、学歴は非常に低いといった例もよくありますよね。

中卒の人が独学で税理士になったとか、ビリギャル的な話も珍しくありません。

 

一つの答えとして確かなのは、「金儲けで使う頭と、勉強で使う頭は違う」という事です。

これは、知恵と知識の違いと言っても良いかもしれません。

 

客観的に見て、どちらか一方の能力を磨き、それを活かす生き方をする人は、特定の分野において成功しているように思います。

どちらがいいという事ではなく、能力(個性)の「活かし方」・「伸ばし方」のように思うのです。

 

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バランスがとれる場所を探すこと

転びそうになった時、体のバランスをとらなければ倒れてしまいますよね?

人生においても本質は同じだと思います。

 

要するに、バランスをとる能力によって、人生の生き方(転びやすさ)も変わるのです。

例えば、人よりも仕事ができる人でも、人徳がなければ孤立して大きくなれませんよね。

 

また、会社を大きくできる力があっても、維持する力がなければ瞬間的に潰れることも起こります。

転ぶ時というのは、大きく偏った考え方や行動が出てしまっている状況ですので、「転びやすい人」とは、偏った特性を持っている人ということです。

 

要するに、どんなに才能がある人も、どんなに才能が無い人も、どこかでバランスをとっているのです。

自分自身でコントロールすることもあれば、一緒にいる仲間が助けてくれていることもあるでしょう。

どちらにしても、その状態を失うとバランスが崩れて転倒するわけです。

 

具体的に申し上げれば、「頭は悪いけれど、人柄がとてつもなく良い」とか、そういった事です。

どちらかだけになった途端、状況は変わってしまうでしょう。

手先が器用である、体力がある、人脈がある等、どこかで足りない部分とのバランスをとっているということです。

 

この話のポイントは、「なりたいもの」を探すのではなく、「なるもの」を探すという意識です。

無いものを欲しがるより、自分にあるものを見つめ直すことから始める方が答えが見つかりやすいものです。

 

もっと言えば、貴方にとって「バランスをとりやすい場所」を探す感覚です。

バランスのとりやすい場所では、他の人よりも上手くいくことが増えるので、居心地が良いはずです。

 

極端な例かもしれませんが、皆が暗くなっている時に雰囲気を変えることができるバランス力がある人は、お笑い芸人になれるかもしれませんよね?

自分の居場所というのは、そうゆう事なのではないかと思います。

 

貴方だからこそとれるバランスがあるはずで、きっとそれはとても無意識的にできている(当たり前な事)だったりします。

だからこそ気付きにくいのだと思いますが、立派な個性なのです。

 

やりたい事を探すべからず

自分の夢が叶わない理由は、大抵の場合、自分を信じきれずに途中で諦めたことが原因です。

常々思うのは、才能がなければできない事なんて、本当に稀だという事です。

逆説的に言えば、大抵の事は、努力が足りないからできないだけだと思います。

 

大抵の事は、多少の不得手やハンデがあっても、努力と継続で克服することが可能です。

その年月に数十年かかることもあるでしょうが、継続の力で結果を出している人は本当にたくさんいます。

 

夢や希望

夢が叶わずに挫折して、「何のために生まれてきたのか」等と思い悩む人がいます。

一方で、そもそも、なりたい自分像や夢自体がみつからない人もいますよね。

 

どちらにしても、「何のために生まれたのかわからない」と感じる事になりそうな状況です。

私見で恐縮ですが、何のために生まれたかは、誰かに聞く事ではないと思います。

神様に願うものでもありません。

 

人生は、100%、自分で決める(決めた)ものです。

そのつもりがなくても、あなたが選んだ選択(決断)によって人生が決まっているからです。

 

決断の結果

会社では、給料を出す側のいう事を聞かなくてはなりませんし、学校でも先生の言う事を聞かなくてはならないですよね。

どちらも、組織の方向性等は、貴方の好きには決められない方向へと進んでいきます。

 

しかし、人生は違います。

自分だけで決められるもので、自分にしか決断できない事しかないのです。

誰かにレールを敷かれたとしても、その人の言いなりになるかどうかの決断をしているということです。

 

貴方の頭の中で起こる人生の決断に、誰かが口を挟む事すらできないという事実があります。

ですから、人生で起こった事は、誰かのせいにすることはできないという事です。

これがどれだけ重要で尊いことか、理解していない人が多いのではないかと感じます。

 

人生の責任者

私達は日々、それだけ責任の重い決断をたくさんしていて、その責任は誰もとってくれません。

貴方の人生の責任者(CEO)は、貴方自身でしかないのです。

これを理解すると、自分の本心に嘘をついてはいけないと強く思うようになります。

 

あなたがやりたい事が、「何もしない時間を楽しむ事」だとしたら、人生の中でそんな時間をいかに長く持てるかを追求して生きればいいのです。

 

あなたの人生ですから、どんなことでも自由に選べます。

人が何と言おうと、自分の命の使い方をとやかく言われる筋合いはないのです。

 

大事なのは、何のために生きるのかを探すのではなく、何のために生きるのかを自分で決める事ではないでしょうか。

その決断が貴方だけの人生を創るのです。

 

夢とか、そんな大きなことでなくてもいいと思います。

自分が「どんな状態でいたいか」でもいいので、それを決めてみる事だと思います。

他人から見て、それがどんなにくだらない事だとしても、あなたが望めばそれでいいわけです。

 

因みに、私は、自分の生まれてきた意味を「妻と一緒にいること」だと決めました。

私の場合、彼女を幸せにするために生まれてきたと考えるのが最も自然だったのです。

 

他に欲しいものも無く、本当にそれが私の幸せなのだと常々感じます。

ですから、そのための時間をとるために働き、出来る限りの時間を家族に使います。

それが私の成功であり、夢であり、人生だからです。

 

幸せと悪

たとえ貧乏でも、家族といることが一番の幸せだと感じる人もいるでしょう。

仕事をしている時間が楽しくて、家族は二の次という人もいます。

勿論、どちらの人生を選んでも貴方の自由で、誰にもその生き方を否定する権利はありません。

 

それぞれが、自分の人生での時間の使い方を決めているだけのことです。

そして、それぞれがそのためのバランスをとって生きているだけの事でしょう。

そこに優劣など存在せず、単純に各自の選択の違いでしかありません。

 

極論を言えば、本当に人生を捧げる程に好きな事があるのなら、たとえ体に害が及んでも構わないと考えるはずです。

 

例えば、チョコレートが死ぬほど好きで、本当に毎日食べていたとします。

糖尿病等の病気になる等、体に支障が出るでしょうが、死ぬほど好きなのですから、本人的にはそれで死んでも本望なケースもあるという事です。

 

これも人生の使い方の一つで、第三者の意見がどんなに常識的で正しかったとしても関係ありません。

自分の幸せの在り方によっては、「体に悪い」等という小さな常識を超えることになります。

 

死んでもいいから」と思う程に好きな事がある人生は、ある意味で幸福でもありますよね。

ですから、全身にタトゥーを入れる人や、髪の毛を伸ばし続ける人等は、奇抜ではありますが、一般的な人達よりも自分の人生を大切にしているとも言える面があると思うのです。

 

私が唯一、人生の在り方や選択において「」となり得ると思うのは、自分の好きな人生を歩むために誰かの人生を邪魔することです。

自分の幸せの達成のために、誰かの人生の選択肢を無くしてしまう行動は、究極の権利侵害だと思うからです。

 

まとめ

この手のお話は、どうも説教くさく聞こえたり、宗教っぽくなりがちですよね。

皆さんにどんな風に伝わったかは分かりませんが、私としてはニュートラルな目線からお話をしたつもりです。

人生の意味を考えてしまう状況にある人は、思い切って自分がどう生きるかを決めると良いと思います。

その生き方に対して、他人が悪く言うかもしれません。

でも、彼等の助言を聞いたからと言って、責任をとってくれるわけでもありませんし、貴方が幸せになる事もないでしょう。

そのことに気付いたら、少し人生の見方が変わってくる気がしませんか?

それを決めるだけで、精神的にかなりリフレッシュする人もいると思います。

それが、自分と向き合うという事なのではないでしょうか。

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